日蓮は広略を捨てて肝要を好む(完結編)

 「日蓮は広略を捨てて肝要を好む」シリーズの完結編(?)をアップしておきます。

 川蝉 さん

 いつも詳しい解説ありがとうございます。

 「録内啓蒙」は初耳でした。機会があれば目を通してみます。
 これは江戸時代のものでしょうか?

 Libraさん

 詳しい展開ありがとうございます。
 「時」と「機」が大事というのは日蓮さんはそう考えたと私も思います。五鋼教判にそれが端的に顕れてると思います。664年に一切経が中国に渡り終えた。これを用いるのが仏教である。とまず「教」の位相で押さえる。その「教」の中で法華経が最高だからこれを用いなくてはならない。ここで大事なのは、経典によるのが仏教だという認識です。何の考えもなく大乗経典は仏説だと考えたわけではなく、一切経を見た時、大乗が優れている。その優れた大乗の中でも法華経は実大乗だから、最高だと、思想的判定の上の見解です。重要なのは説かれた順番の歴史事実ではなく、「何を仏教と認定」し「その認定した仏教」を「云何に位置づけるか」という「思想作業」です。それが教相判釈です。
 「機」の位相では、知識のあるものには、低い思想段階である「小乗」教から順に教え、最後に法華経を教えろ。無知なものには、そういうまだるこしいことをせずにいきなり法華経を教え、信じさせるべきだ。というのが日蓮さんの「機」についての考え方です。最高なのは法華経に決まっている。これを教えなければならないのは決定しているが、人の機根によって、その教え方に差異があるということでしょう。
 「時」の問題は正像末思想という仏教史観です。仏教は段段衰えてきたという後退史観です。戒のある時代→破戒の時代→無戒の時代という例で日蓮は語ってます。
 日蓮さんは「時」を見た。その見方は世間の常識に合わせてというより、仏教の経典に根拠を置き、その解釈を主体的にしていったというところにあるのではと思います。Libra氏は「大乗仏典がそのままで仏説と言えない時代」との時代認識に立たれているのかもしれませんが、これは教法を生きる者が少なくなった時代。教法が影響力を失いつつある時代。教えだけあるが、行為者も、その証もなくなった時代と見れば、まさしく「末法」なのではないでしょうか。
  増谷氏は「仏教とは釈尊自体のみなのだ。根本仏教こそ仏教で、大乗は逸脱」であると見、パーリの古層から釈尊自体を推測していこうという立場かもしれませんし中村元さんもその派でしょう。袴谷氏は、古層のみならず、論理とか思想性から、釈尊自体を探求すべきだ。「仏教とは言葉であり、論理であり、批判だ」という立場なのかもしれません。それぞれが、それぞれの視点で「仏教とは何か」を探っているに過ぎません。
 私も私なりに仏教とは何かを言えば「慈悲と智慧」が仏教ですし、それが一番花開いたのは、「大乗」であるという立場です。釈尊を逸脱しているかもしれませんがそれは「後退」ではなく、「進歩」「深化」であると思ってます。それと、科学的に厳密に言えば、パーリ古層も大乗も同じく釈尊の言葉を核にしており、前者は、比丘向けの教説。後者は在家向けの教説。だと思っています。科学的に、比丘向けのパーリ古層だけが釈尊に溯れ、大乗は釈尊に断絶しているとは言えない。そういう大乗非仏説は「現代的迷妄」だと思ってます。
 「時」も「機」も変わるが動かしていいものとならぬものがあるのではと思います
 Libra氏が本仏釈尊=法華経と見ることで、目指されているのは、一義的には、法華経は骨頂な神話ではない。現代にも通用するんだということだと思います。
 それを教法から我等に対する「促し」という視点は、まったくそのとおりなのです。しかしなお愚推するのは、他人ではなく、Libra氏自身が「人格的本仏釈尊」を信じられないことに、その展開の根拠があるのではないかと思います。
 「人格的本仏釈尊」を信じられないが故に、寿量品を自分に信じられる形で表現すれば、「本仏釈尊=法華経」となったのではと。

(川蝉 さん、Libra さん。こんばんわ、
投稿者:三吉 00/10/15 Sun 22:23:58)

 「教法(法宝)は「永遠の師」だと思います」とのことですが、それはそれで別段間違ってはいないと思います。ただ、それならば、三宝を別する必要はなかったわけです。比丘たちは三宝のうち「法」と「サンガ」を師にした。死んだ仏の代替物としてです。ところでもう一つの仏教があった。仏塔に参集した在家たちです。ここは「仏」への尊敬の念を中心に据えた。仏舎利を供養し、信を捧げた。そして、その真情は、「仏自体を永遠の師」へと昇華した。それが「無量寿仏」ですし、阿弥陀も本仏釈尊も同様だと思います。比丘達にとっての釈尊は死人であった。無仏において「教法」と「戒律」を根拠に「サンガ」で実践していた。「法が永遠の師であって、仏は死んだものであった」。在家達は「仏」を殺したりしなかったと。
 仏は法(教法・経典)を通して現れるというのはそのとおりです。その現れの「はたらき」は言葉に触れることで、つまり具体的に出会えるのは法華経という経典の形ではないかと。おっしゃるとおりです。でもこれに留まりません。僧侶を通しても、在家の友人を通しても、墓に彫られた「題目」を通じても、この様な電脳空間でさえ、であえます。言葉なくてさえも出会えるかもしれません。それは、人の行為を見て、触れて出会えるかもしれませんし、・・・など。
 おそらく「人格的本仏釈尊」という歴史的人物を実体化し、永遠化する神話性に、「却って、問題」を感じられると思います。本仏釈尊とは、我々に呼びかけるところの「はたらき」なのである。これを言うために、釈尊は死んだとしても教法を残っており、その教えは私達に「はたらき」続けるとおっしゃりたいのだと思います。しかしながら、それならば本仏釈尊という仏は「はたらき」であり、「実体的な人格」ではないといえば良いのではないでしょうか。
 神学者ジョン・コップ氏が「神ははたらき」であると仏教から影響を受けて、言ったように。

 「三大秘法は“インドの釈尊が”文底に説きおかれた」と「末法」思想は、両立します。「あんた達の仏教理解は衰弱する仏教であるが、私の出遭った仏教はまさに輝きを増している」という意味でしょう。

 「釈尊が在家信者に「生天思想」を説いたのと同じようなこと」ならば、日蓮さんもまた、出家は成仏。在家は往生と差別的に考えたということでしょうか?


長部経典は釈尊がバラモンたちを批判したことを伝えている
 現実のバラモンのあり方と、真のバラモンとの概念差異を考慮されてません。
 現実のバラモンのあり方を批判し、真のバラモンは、「生まれではなく、行為による」のだというのが釈尊の立場ならば、私の提出したものの批判とはなり得てない
 中村元氏や顕正居士氏は「信」批判・仏教は哲学という立場であるが、釈尊は熱狂的な熱くなる信を批判したのであり、「信」そのものを否定してない。
 私は言うまでもなく、藤田宏達氏の立場を支持する。

 「古いものはむしろ偽物と考えた方がよい」という立場は袴田氏の科学的根拠無き推論であり、私は比丘仏教の場合、古層を認定するのは別段おかしくないと思う。
 ただし、比丘仏教のみが釈尊の言葉のすべてとは思わない。その結集会議から、もれた在家への教説は膨大だろうと思う。

 釈尊が「誰を師と呼ぼうか」という立場だとして、釈尊自身が自ら以前に、悟ったものがいないと考えていた傍証とはならない。意味するのは、「独覚」であったということだけである。釈尊以後の「独覚」が悟りを得たとして、自分以前に悟ったものがいないと思い込めば、それはものをしらないだけである。

 「決意によって死ぬ」との観念が、インド以前にあり、それが経典に挿入されたならば、一義的には、非仏教的な当時の常識を利用したという意味であろう。
 それは釈尊自体にはなかったのでは?
 仏教で重要なのは「空」の観念が回向と言う概念を産み出し、自分の寿命を縮めるかわりに、他者に功徳を振り向けられるという思想である。

(つづきです、
投稿者:三吉 00/10/16 Mon 00:18:05)

 三吉さん、こんにちは。

 ご丁寧なコメントありがとうございました。


Libra氏は「大乗仏典がそのままで仏説と言えない時代」との時代認識に立たれているのかもしれませんが
 僕は『法華経』が「釈尊の智慧の結晶」だと思っています。釈尊の真意であると。一貫してそう言っています。ただし、『法華経』の作者は人間・釈尊から『法華経』という完成されたストーリーを聞いてそれをそのまま記録したのではないということです。先行経典からの取材もあるでしょうし、当然、在家向けに説かれた教説もベースにあるでしょう。しかし、それらを『法華経』というストーリーにまとめ上げたのは「釈尊の真意をよくつかんだ仏弟子たち」であって釈尊その人ではないと。


増谷氏は「仏教とは釈尊自体のみなのだ。根本仏教こそ仏教で、大乗は逸脱」であると見、パーリの古層から釈尊自体を推測していこうという立場かもしれません
 これは少し違うようです。たしかこの掲示板でも随分前に紹介したと思いますが、増谷氏は「仏教はブッダにおいて尽きず」という立場のようです。根本仏教主義ということもたしかに言われていますが。

 今日、大蔵経のなかに収められているものは、けっして、ブッダの教法と戒律だけではなく、また、インドの諸師の手になる著作物ばかりでもない。中国やわが国における著作物もまた、現にその中に地位を占めている。したがって、大蔵経はその刊行のたびごとに増大する。かつて、唐の開元十八年(730)に撰述された『開元釈教録』(略して『開元録』)に登載されたものは、一○七六部、五○四八巻であったが、その後、印刻刊行のたびごとに漸増して、その最新なるもの、「大正新修大蔵経」においては、さきにいったように、三○五三部、一一九七○巻となっている。
 わたしは、このようなことを、単なる文献論として語っているのではない。
 このような仏教経典のありようは、詮ずるところ、仏教そのもののありようを、はなはだ具体的に物語っている。そのことを、わたしは指摘したいのである。
 それを端的にいえば、仏教はブッダにおいて尽きずということである。ブッダという源に流れいでる仏教という河は、いくたの世紀をながれ下り、東洋の諸地域をうるおして現代にいたった。その間には、さまざまの水流を併を呑んで、いろいろの流派を形成した。大乗もそれである。禅もそれである。念仏もそれである。仏教とは、それらの総体の称である。そして、仏教の経典はそれをそのままに具現しているのである。
 この河は、さらに、ながき世紀にわたって流れつづけるであろう。その中に、わたしどももまた身をゆだねて、仏教者としてある。そして、そこでもまた仏教は、たえず新しい経典を生産しつづけるであろう。いまわたしのもっともいいたいことはそのことである。
(増谷文雄『仏教概論』(現代人の仏教12)、筑摩書房、1965年、pp. 216-217)

中村元さんもその派でしょう。
 これは僕もそうだと思います。


袴谷氏は、古層のみならず、論理とか思想性から、釈尊自体を探求すべきだ。「仏教とは言葉であり、論理であり、批判だ」という立場なのかもしれません。それぞれが、それぞれの視点で「仏教とは何か」を探っているに過ぎません。
 僕は袴谷氏の立場に共感を覚えます。ただし、この立場だけが唯一科学的に正しいなどとは言いません。主体的にこの立場を選び取っているということです。


私も私なりに仏教とは何かを言えば「慈悲と智慧」が仏教ですし、それが一番花開いたのは、「大乗」であるという立場です。
 この点については異議ありません。


釈尊を逸脱しているかもしれませんがそれは「後退」ではなく、「進歩」「深化」であると思ってます。
 僕は釈尊を「逸脱していない」と思っています。

三吉さんへ(1/2)、
投稿者:Libra 00/10/16 Mon 15:50:05)

それと、科学的に厳密に言えば、パーリ古層も大乗も同じく釈尊の言葉を核にしており、前者は、比丘向けの教説。後者は在家向けの教説。だと思っています。科学的に、比丘向けのパーリ古層だけが釈尊に溯れ、大乗は釈尊に断絶しているとは言えない。そういう大乗非仏説は「現代的迷妄」だと思ってます。
 僕は思想的には大乗は釈尊の思想と断絶していないと思っています。むしろ、先行経典や自分たちが受持してきた教説に流れている「釈尊の真意」に迫り、見事にそれを昇華させたんだと。
 しかし、これは三吉さんもおっしゃるように、いくつかとりえる立場の中の一つの立場でしかありません。議論によってどれか一つに決着がつくということはないでしょう。袴谷氏のような立場もありうることを言う前に、先に
これは議論しても決着が着かない問題でしょう。古い原始仏典ほど釈尊の教えを純粋に伝えているとも思えませんし。
(00/10/11 Wed 12:44:38 )
と言っておいたのもそういう意味からです。


 Libra氏自身が「人格的本仏釈尊」を信じられない「人格的本仏釈尊」を信じられないが故に、寿量品を自分に信じられる形で表現すれば、「本仏釈尊=法華経」となったのではと。
 在家達は「仏」を殺したりしなかったと。
 「南無妙法蓮華経」と唱える以上は「本仏釈尊=法華経」となるのは当然の帰結であるように僕には思えます。
 僕にとっては『法華経』こそが「釈尊の真意」であって、「人格的釈尊そのもの」なのです。
 僕は常に『法華経』に訊ねます。そして『法華経』が常に法を説いて下さるのです。だからとてもありがたく思って「南無妙法蓮華経」と唱えているのです。だから、時に『法華経』の教えに触れて、息が止まりそうになるくらい泣いたりもするのです。御書についても同じです。御書は僕にとっては「人格的日蓮」です。すでに川蝉さんとの議論においてこのようなことはさんざん言いましたので、これ以上は繰り返しません。
 最初から三吉さんは川蝉さんの解釈の方を評価されていました。川蝉さんのように「人格的本仏釈尊」を信じるべきだと言われるのならばまずはご自分で信じられればよろしいかと思います。ですがそれを僕に押しつけられても困るということです。


「釈尊が在家信者に「生天思想」を説いたのと同じようなこと」ならば、日蓮さんもまた、出家は成仏。在家は往生と差別的に考えたということでしょうか?
 そんなことはありません。『法華経』になること自体が「即身成仏」です。そこへ導くための「善巧方便」ということです。


「古いものはむしろ偽物と考えた方がよい」という立場は袴田氏の科学的根拠無き推論であり、私は比丘仏教の場合、古層を認定するのは別段おかしくないと思う。
 「論理とか思想性から、釈尊自体を探求」しているということでしょう。「古層を認定するのは別段おかしくない」というのはその通りですが、「古ければ古いほど釈尊の真意が表現されている」ということもまた「科学的根拠無き推論」でしょう。


ただし、比丘仏教のみが釈尊の言葉のすべてとは思わない。その結集会議から、もれた在家への教説は膨大だろうと思う。
 それは確かにおっしゃる通りだろうと思います。ただその「(釈尊が語った)在家への教説」がそのままの形で経典に現れている割合は、パーリ古層のそれと比べれば低いのではないかと愚考します。


意味するのは、「独覚」であったということだけである。釈尊以後の「独覚」が悟りを得たとして、自分以前に悟ったものがいないと思い込めば、それはものをしらないだけである。
 要は自覚の問題でしょう。そもそも「自分以前に悟ったものがいない」かどうかは確かめようがないわけですから。これは我々が議論をして結論が出る問題ではありませんね。
 僕は釈尊以前に「縁起の法」を悟り、そしてそれを他人のために説いた人間がこの地球上にいたとは考えていません。


「決意によって死ぬ」との観念が、インド以前にあり、それが経典に挿入されたならば、一義的には、非仏教的な当時の常識を利用したという意味であろう。それは釈尊自体にはなかったのでは?
 仏典にある「決意によって死ぬ」という意味の「神話的表現」が何を意味しているかということを問題にしているのであって、釈尊が実際に「私は決意によって死ぬことができる」と思っていたと主張しているわけではありません。というか、僕は釈尊はそんなことは思ってなかったと考えています。だから事実ではなくて「神話的表現」なのです。

 僕の言いたいことはほぼ言わせて頂きましたので、今回の一連の議論は一段落ということにさせて頂きたく思います。またもや長々とお付き合い頂いてありがとうございました。

三吉さんへ(2/2)、
投稿者:Libra 00/10/16 Mon 15:50:53)


2000.10.24
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