同一理に支えられた同一相貌の御本尊は同質同体(浅井円道)


 一般に自身所持の本尊こそ最も霊験あらたかであると宣伝することは、極くありふれた現世利益的宗教現象であるから、他人の信仰の対象を軽しめる行為の可否は問うまい。しかし宗祖真筆の大曼荼羅中に権実の差をつけて、自派所持のもの以外は、たとえ御真筆であってもその宗教的価値を否定するような暴挙に出ることは、他の日蓮門派にはみられない。理窟からいえば、宗祖が文永十年四月二十五日、佐渡で発表された観心本尊抄の宗教哲理に支えられ、南無妙法蓮華経を中心とする十界常住の相が図顕されているならば、たとえ誰が図顕した大曼荼羅であろうとも同質でなければならぬ筈である。しかし信者の宗教的感情からいえば、宗祖御真筆のものと我等が書写したものとでは、理窟ではどうすることもできぬ尊卑の差を認めざるを得ない。故に同一理に支えられた大曼荼羅中でも、宗祖真筆のものが最も尊いのである。また宗祖真筆の百三十幅の中で勝劣を付けるとすれば、観心本尊抄述作以前のものは劣り、以後のものは勝る。ここまでは納得できる。しかし佐渡始顕以後のものに更らに取捨を加えて、一幅だけが宗祖の本懐であって、他はすべて一機一縁のための随他意方便の権法であるという立場は、同一理に支えられた同一相貌の御本尊は同質同体でなければならぬという一般的良識にも背き、またすべての御真筆大曼荼羅は宗祖の図顕なるが故に絶対帰依を捧げようとする信徒の宗教情操を惑わすことにもなる。
 板曼荼羅真偽論〔引用者註〕については日蓮宗々務院刊創価学会批判の中に詳しい考証があり、偽作であることを論証しているが、この点は且く措いて、若しかりに親作であるとしても、他の親作の価値を否定する挙に出たことは不合理である。この点は右に述べた通りであるが、さらにその否定の仕方が拙い。その要は一機一縁と本懐との相対によって択一するのであるが、これはもともとシナの天台大師が仏説の多様性を法華経によって統一するために使用した方法である。つまり、他経はある特定の聴衆の機根の状態にあわせて説かれた随他意の説であるから、ある時は生滅の理を説くことに説教の目的を置いたり、ある処では無生滅の理、またある時には無量の諸法の仮有を説かねばならなかった。しかしこれらは随機説法であるから、聴衆にとっては効果的であっても、釈尊にとっては方便説である。法華経は聴衆の機根に合せることよりも、入滅に臨んだ釈尊が、自己の心底を吐露することに重点を置いた随自意語であるから、釈尊の本懐であるという考え方である。
 故に一機一縁と本懐との相対は、法華経と他経との相違のように、比較される両者が権実殊なった内容のものである場合に限って適用されるのである。しかるに大曼荼羅の場合は、授与される個人名が記入されている、いわゆる一機一縁のものと、「授与之」の名のないものとがあることは事実であるが、これらを支える根本真理は一貫して観心本尊抄でなければならない。また大曼荼羅授与にはそれぞれの特定の目的があったことも事実であるが、それによって大曼荼羅の所顕の根本真理に権実の差降が生れるとも考えられない。故に随自随他の区別を大荼羅に適用することは不当である。
 また特定の授与者名が記入されているから一機一縁のためであるとすれば、開目鈔は四条金吾、本尊抄は富木常忍へ宛てた著述であるから、一機一縁のためと言わねばならなくなる。宗祖は特定の個人(つまり保管者)を指定して、兼ねて諸人へ宛てられるのが通例なのである。でなければ、板曼荼羅に本門戒坦の願主・弥四郎国重という個人名があるのをどう処理すればよいのか。

(浅井円道「創価学会の出現と問題点」、望月歓厚編『近代日本の法華仏教』(法華経研究U)、平楽寺書店、1968年、pp. 174-176)


〔引用者註〕

 板曼荼羅真偽論については以下の掲示板での議論を参照されたい。

『富士門流信徒の掲示板』、スレッド「富士大石寺の歴史について」
http://green.jbbs.net/study/bbs/read.cgi?BBS=168&KEY=1003038707

同上、スレッド「(続) 大石寺の歴史」
http://green.jbbs.net/study/bbs/read.cgi?BBS=168&KEY=1008156242


〔02.02.27 引用者付記〕
 2002年2月19日に「富士門流信徒の掲示板」が運営されていたサーバー( green.jbbs.net )がダウンし、同掲示板は同日中に別のサーバーに移転された。よって、〔引用者註〕に記した同掲示板の URL は現在は無効となってしまったが、幸いなことに、同掲示板の管理者によって過去ログが現在も保管されているので、そちらにジャンプできるようにリンク先を修正した。なお、「富士門流信徒の掲示板」の新しい URL は以下である。

「富士門流信徒の掲示板」
http://jbbs.shitaraba.com/study/364/


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