蓮華三昧経の法華経曼荼羅の構成(水上文義)


 『法華経』に説く世界観を表す曼荼羅には、『成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌』『法華曼荼羅威儀形色法経』などによって描かれる、いわゆる「法華曼荼羅」が最も常識的かつ正統なものとして知られている。しかし、ここで問題とする曼荼羅は、そうした通例の図像としての法華曼荼羅ではなく、日本撰述の偽託書に記されるもので、それらは、恐らくは図像化されることなく、文献中でのみ展開された曼荼羅でもある。ここでは、それら曼荼羅が案出された意図がどのようであるか、特に『蓮華三昧経(1)という偽経の本文に説かれる曼荼羅を例に、考察を試みるものである。


(水上文義「日本撰述偽託書に見る法華経曼荼羅の構成─蓮華三昧経を中心に─」、『印度学仏教学研究』第49巻第1号、2000年12月、p. 169)


 さて、ここで問題とする『蓮華三昧経』の曼荼羅は、これらに比べてやや特異な点がある。実は本経の曼荼羅配釈は、書写の性空の撰とされる『書写山真言書(4)に基づくのであるが、〔以下略〕

(同上、p. 170)


 次に寿量品の取り扱いであるが、『講演法華儀』『法華曼荼羅諸品配釈』が西方の阿弥陀仏の摂とするのに対し、本経『真言書』は中台の摂となる。これは諸品の文々句々を八葉に配する部分でも寿量一品中台毘盧とあり、如来寿量秘密三摩耶品でも妙法蓮華久遠実成如来、本来多宝塔中湛然常住、其名無量寿命決定王如来、手結法界定印首有二仏宝冠、宝冠左有釈迦如来是胎蔵界毘盧遮那如来、右有多宝如来是金剛界毘遮那如来・・・・・・宝塔東門有上行菩薩、南門有無辺行菩薩、西門有浄行菩薩、北門有安立行菩薩、是四菩薩四方四仏、是故結四仏印、又宝塔東南有普賢菩薩、西南有文殊師利菩薩、西北有観世音菩薩、東北有弥勒菩薩(8)とあるから、涌出品の涌出の四菩薩を四仏とする構成となる。これを『真言書』では「別意曼荼羅」というから、性空または『真言書』の作者が独自に案出したものであろう。
 いずれにせよ『講演法華儀』のような、単に阿弥陀仏を無量寿仏ともいうことから寿量品の久遠の釈迦に結合させるのを越えて、釈迦と大日を同体とする仏身観に立って、それを無量寿命決定如来に集約し、明確な円密一致の意図をもって寿量品を中台に配したのであり、天台思想に沿って『法華経』を密教化しようとした試みといえよう。

(同上、p. 171)


1  『妙法蓮華三昧秘密三昧耶経』大日本校訂続蔵経一−三に収録。冒頭の八句の偈頌が本覚讃として知られる。但し筆者は、八句の偈頌の部分は五大院安然またはその周辺に手になり、本文は恐らく南北朝頃の成立と見ており、成立の時代もよって立つ背景も各々別であると考えている。拙稿「現行本『蓮華三昧経』の成立について」〜『天台学報』一八「蓮華三昧経の成立をめぐって」〜『印仏研』二八−一、近刊予定『中世〈偽書〉の世界』(仮題)〜森話社。他に硲慈弘「蓮華三昧経に関する研究」〜『大正大学学報』一浅井円道『上古日本天台本門思想史』など。この中で硲氏は、円珍撰とされた『講演法華儀』『阿字秘釈』と本経本文とが極めて類似することから、本経全部の作者を円珍ではないかとするが、賛成できない。

(同上、pp. 172-173)


4  書写山の性空が金剛薩(〔土+垂〕)から直授されたという口伝書。すべてが性空の著かどうかは疑問であるが、基本的口伝は慈円の『法華別帖』に記され、さらに本書の流布には慶政が関与したのであるから、鎌倉初期には現在の形態で書写されたと考えられる。翻刻は『叡山学報』一五号付録に収録。本経本文にほぼ一致する記述が多く、相互の比較からいわば重要な種本の一つといえる。本経本文成立が遅れる証拠である。

(同上、p. 173)


8  続蔵一−三−四一一ウ〜四一二オ。                                                                          

(同上、p. 173)


〔01.05.22 引用者付記〕

 宗祖の曼荼羅は、言うまでもなく、釈尊が地涌の菩薩へ五字(法華経の肝心)を付属された場面(虚空会の儀式)の表現である。しかし、現・創価学会では「妙法蓮華経」の五字を「法華経の肝心(釈尊の智慧の結晶)」として受持しようとはせず、何を思ったか、「南無妙法蓮華経」は『法華経』とは無関係に実在する「無始無終に活動し続けている宇宙生命そのもの」などと教えている。このような中古天台・本門思想まがいの解釈によって、宗祖の曼荼羅が密教の法華曼荼羅にされてしまうことを私は断固として拒否する。
 なお、密教の法華曼荼羅と宗祖の曼荼羅との相違については、浅井円道「本尊論の展開」(影山堯雄編『中世法華仏教の展開』平楽寺書店、1974年)においてより詳しく論じられている。


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