輪廻思想と無我思想の調和は不可能(和辻哲郎)


 「存在より存在への()()()()に道を指示し、この世においてしばしば充たされずに残さる正しい運命の配分の要求を未来の存在において充たすところの Weltmechanismus (1)」としての「業」の思想が、仏教以前よりインドに存したことは、オルデンベルクの説く通りである。そうしてそれが阿含の経典に頻繁に現われていることは、指摘するまでもなくあまねく人の知るところである。しかしながら「霊魂の輪廻転生」というごとき思想が、果たして無我の思想と同一の体系に属して存し得るであろうか。この()()はすでに古くより注目され(2)、輪廻思想を仏教の根本思想から遠ざけようとする試みも現われた(3)。この試みを斥けて輪廻思想を「仏教思想の基礎(1)」あるいは「仏教の人生観上最も重要なる意義を帯ぶるもの(4)」と認める人々も、右の困難を意識してその除却を輪廻思想解釈の中心問題としている。我々もまたこのいわゆる「困難」から問題を導き出そうと思う。

(1) Oldenberg, Buddha, 7. Aufl., S. 52.

(2) 前引書、二九七ページ注L. de la Vallée Poussin, La négation de l'âme et la doctrine de l'acte. Journ. Asiatique 1902, II, p. 237 ff.; Bouddisme, p. 53 ff.

(3) Kern, Manual of Indian Buddhism, p.50.──Rhys Davids, Early Buddhism, p.71.

(4) 木村氏『原始仏教思想論』一七八ページ

(和辻哲郎『原始仏教の実践哲学』、岩波書店、1970年〔改版第一刷〕、p. 272)


 輪廻思想と無我思想との調和が困難であるのは、輪廻思想が本来転生の道途において自己同一を保持せる「我」あるいは「霊魂」の信仰に基づくに対し、無我思想がかかる「我」あるいは「霊魂」の徹底的排除を主張するからである。しかしかく明瞭に異なれる二つの思想を調和させるということは、もともと不可能なことであって、問題となり得べきものでない。しかもこれが調和の困難として問題とされるのは、この二つの思想が一人のブッダの説いたものであり、従って内的に結合せるものでなくてはならないとする立場に立つゆえである。すなわち困難の()()()()は二つの思想が調和し得るや否やという点ではなくして、この二つの思想を一人のブッダに帰するという点である。しからば何ゆえに我々はこの二つの思想を一人の思想として解しなくてはならぬか。その理由は簡単である。阿含の経典は無我を説く経とともに輪廻思想を説く経をも含んでいる。ある経においては両者が混淆して説かれてさえもいる。そうして説者はいずれもブッダである。──ここで問題は原典批評の領域に移ってしまう。阿含の経典は果たしてブッダの思想を忠実に伝えたものであるか。ブッダを主人公とする経典が歴史的人物たる釈迦の思想と全然異なった思想を説くということはあり得ないか。原始教団の種々の異なった傾向、思潮などが、同じくブッダを主人公としつつも、全然異なった経典を作るということはあり得ないか。これらの問題の考察によって二つの異なった思想をいきなり一人に帰するという立場は根本的に批評されなくてはならぬ。二つの異なった思想はあくまでも二つの異なった思想であって、両者がともに原始教団において存したということは両者を内面的統一あるものとして解すべき義務を我我に負わすものではない。いわんや後代の教団が両者の調和に努力したということは、両者が本来調和せるものであったことの証拠ではなくして、むしろその反対である。
 かくのごとく輪廻思想の解釈の困難は実は原典批評の不足に帰着する。この不足を自覚せずして無我思想と輪廻思想との結合を試みた解釈は、我々にとっては輪廻思想を不可解なものたらしめたように見える。いわく、「ブッダに従えば死とともに()()()生命は絶滅し去るものではない。いかにも意識的の活動はその五根の破壊に伴なって休止するけれども、生きんとする根本意志すなわち()()は生時の経験すなわち(カルマ)()()()()()()()刻みつけて継続する。しかもこの性格中には、開発すれば五蘊となるべき()()()を具備するはもちろん、性格に応じて自らを()()()()()に実現し創造するの力を具するものである。ただし()()()()()()()をもって、空間的存在のごとくに……解してはならぬ。……これすなわち仏教における()()()()()が通常の半物質的霊魂観と大いに異なる所で、ブッダの真諦的見地からすれば、この()()()()()は今風に言えば、いわゆる The fourth dimension の範囲に属すというべきであろう。しかもこの点はまた、仏教輪廻観のきわめて解し難いゆえんである。……しからばかかる当体の生命はいかにして、自らを再び実現化するかというに、……乾闥婆または識と名づけられた生命が、父母の和合を縁として、自らを胎生としての有情に現実化するの門出をする。ここに至りて、超空間的生命が、少なくも、その身体的方面において空間的規定を受くることになりすなわち一定の身分を獲得することになる。かくしていわゆる胎内の五位を経て、ついに出産して、その身分に応じたる現実的活動を営むことになる。これすなわち()()である(5)。」この解釈によれば()()()()()として第四次元に属する「生命の当体」があり、それが妊娠出産によって空間的存在としての人間に実現する。そうして死の際にはこの「生命の当体」が「()()()()()()()()()()」として存続し、その性格に応じて再び自らを()()()()()に実現し創造するのである。しからばこの輪廻の主体は、「我」あるいは「霊魂」と呼ばれぬにもせよ、特殊の性格を持ち特定の人間に実現すべき自己同一的な個人的或る者でなくてはならぬ。しかしかかる自己同一を許せばそれは有我論に堕する。そこで無我思想と一致するために、()()()()()()()()()()()()()()()()との主張が付加せられる。ここに性格と言わるるのは「意志の習慣づけられた性格」「生命が自己創造を営む時の内的規定(6)」としての業であるが、この業は「その本質が創造力を有する意志の隠れたる性格にほかならぬ」ゆえに「その自らの力によって未来を創造する(7)」ものであり、「絶えず変化しながら従前の経験を自己に収めて、そを原動力として進むの創造的進化そのものである(8)。」ここに我々は生きんとする意志自身が創造的であるに従ってその意志に刻みつけられたる「性格」もまた創造的であり変化的であるとの主張を見い出す。「生命の流動的変化」とともにその内的規定たる性格もまた「絶えず変化」するものであるならば、どこに「性格」としての意義が存するであろうか。「性格を切り離しての生命」をAとすれば、「Aはその本来の性質として一刻も休止しているものではないから、その活動は直ちに自体を色づけて一種の性格を帯びてくる。これをA’とする。A'はその色づけられたる性格に基づいて活動しさらにA''の性格の性格を帯びてくる(9)。」しからば変化するのは生命であって性格ではあるまい。A'の性格A''の性格は変化せざる特殊性として生命の変化を基礎づけるものである。「幼虫より蛹になり蛹より蛾になる所、外見的に言えば、全く違ったもののようであるけれども、所詮、()()()()()()である(10)。」同一虫は変化するが、幼虫の特殊性、蛹の特殊性そのものは変化しない。特殊性そのものが変化するとは特殊性がないことであり、従って幼虫と蛹の区別がつかず、同一虫の変化は成立せぬ。かく見ればA'A''の例によって言われることは、生命あるいは意志が()()()()より()()()()に移りつつ変化するということにほかならない。輪廻の主体は生きんとする意志そのものであって特殊に性格づけられた意志ではなくなる。言いかえれば生命の流動的変化のみあって「輪廻」はあり得ない。「ブッダはかく変化の上において輪廻を建立する限り、仏教の輪廻論はもはや、文字通りの字義における輪廻説ではなくなった。……()()()()()()()()()()()()()()()()、空間を駆け回る霊魂なるものがないからである。すなわち、あたかも幼虫が死して蛹となり、蛾となるのではなく、ただ変じて蛹蛾となるがごとく、()()()()()()()()()()()()()()()()()やがて馬たり牛たり地獄たり、天堂たりで、すべて業自身(?)が自らこれを変作するを名づけて輪廻というに過ぎないのである(11)。」かくのごとくば仏教において輪廻思想の本来の意義は失われたというと同様ではないか。

(5) 木村氏前引書、一八一−一八三ページ

(6) 同上一八八、一八九ページ

(7) 同上一八九ページ

(8) 同上一九三ページ。

(9) 同上一九五ページ

(10) 同上一九七ページ

(11) 同上一九八ページ

(同上、pp. 273-276)


 我々はかくのごとき輪廻説ならざる輪廻説を理解し得ぬ。が、かかる解釈の不可解よりもさらに重大なことは、右の解釈において「ブッダに従えば」というごとき言葉が繰り返されているにかかわらず、阿含の経典自身のうちにその証拠を見いだし難いことである。経典に現われた輪廻思想は決して右のごとき難解なものではない。最もしばしば繰り返して現われているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という思想である(12)。これが業による輪廻の意義であり、従ってこの「道徳的報復」という一点にオルデンベルクのごときも輪廻思想の中心的意義を見いだしている。ところでこの道徳的報復は、同一の人格が自己の業に対して自ら応報を受くるのでなくしては意味をなさぬ。これは輪廻思想が初め霊魂輪廻の思想として生起したという歴史的関係からも、また道徳的報復という思想の論理的意義からも、当然認めらるべきことである。そうして経典中には明らかにこの点に言及せるものもある。「この汝の悪業は汝の母によってなされたのではない。汝の父、汝の兄弟、汝の姉妹、汝の友人、汝の親族、禁欲行者、バラモン、神々などによってなされたのでもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(13)。」生物を殺害する事を喜びとしたものが死後地獄中に生ずる、この果を味わうものは生物を殺害したその人でなくてはならない。ここに輪廻の主体として同一の「我」を認めないことは不可能である。輪廻思想が輪廻思想である限りこの点は動かせない。だからクマーラ・カッサパ(漢訳では童女迦葉)は、他世、更生、及び善悪業の果報を否定するバラモンに対して、熱心に霊魂の存在を主張する(14)。その問答はこうである。(一)自分は悪業をなして死に(ひん)せるものに、もし地獄において再生したならば他生あり業報ありと知らせよと頼み、その承諾を得たことしばしばである。しかし何人もその報告をもたらさなかった。」「それは当然である。獄鬼は一度捕えたものは離さない。地獄に堕した者は帰ることができぬ。(二)しかし自分は善業をつんだものにも生天の報告を頼んだが、結果は同様であった。」「それも当然である。一度天上に生じたものは地上に帰る気にはなれぬ。(三)(〔小+刀〕)利天に生じたものはどうであるか。」「(〔小+刀〕)利天の一日は地上の百年である。初めて天に生じ、二三日落ちついてから地上に報告に来るとする。お前に逢えるであろうか。(四)(〔小+刀〕)利天なるものがあってそこでは一日が地上の百年であるなどと誰がお前に教えたか。」「それがわからぬのは盲人が色なしというに等しい。(五)盗賊を大釜で煮殺し、霊魂の出る所を見ようと試みたが見えなかった、だから他世はない。」「お前が昼寝して夢に山野に遊ぶとき、侍女は汝の霊魂の出入を見るであろうか。目前現事をもって衆生を見ず、天眼力をもって見なくてはならない。衆生は(ここ)に死し(かしこ)に生じ、彼よりこれに生ずるのである。」なおこのほかカッサパは、肉体のうちに霊魂を求めることを、木の中に火を求めるに比し、あるいは法螺貝の中に声を求めるに比して反駁につとめる。この問答全体を通じて、夢を霊魂の漂遊とするごとき素朴な霊魂の信仰が輪廻思想と結合せることは明らかではなかろうか。さらに一層顕著な証拠が必要であるならば、我々は中阿言鸚鵡経(15)の白狗の話をあげることができる。鸚鵡摩納の父都提は、増上慢のために死後白狗として再生し、現にその子の家に飼われている。摩納はこのことをブッダより教わり、家に帰ってブッダの教えのままに白狗を試みる。「もしお前が前世にわが父であったならば、大床の上にあがれ。」白狗は大床の上にあがる。「もしお前が前世にわが父であったのならば、おれの知らない宝の隠し場所を教えてくれ。」白狗は口と足とでそれを教える。白狗に再生せる父は前世の記憶を持ち人語を解するのである。この類型的な輪廻譚は、たとい後世の付加であるとしても、カッサパの問答に現われたごとき霊魂の信仰の正統をつげる空想と見るべきであろう。

(12) たとえば MN. 135. 中阿含一七〇、鸚鵡経

(13) MN. 130. Tam() kho pana te etam() pa(_)pam() kammam() n' eva ma(_)tara(_) katam() na pitara(_) katam()…na devata(_)hi katam(); taya(_) v' etam() pa(_)pam() kammam() katam(); tvañ ñeva tassa vipa(_)kam() patisam()vedissasi(_)ti.──中阿含六四、天使経汝此悪業非父母為、非王非天亦非沙門梵志所為、汝本自作悪不善業、是故汝今必当受報。(大正蔵、五〇四ページ)

(14) DN. XXIII. 長阿含弊宿経

(15) この経は MN. 135 と同経であり、ともに個々の行為と死後における応報とを詳説したものであるが、白狗の話は漢訳にのみ存する。従ってこの種の話が経蔵中の最も新しい層に属することは認めなくてはなるまい。

(同上、pp. 276-278)


 我々は経蔵自身のうちから右のごとき輪廻思想を見いだす。そうしてこの種の思想が、純粋に無我五蘊縁起等を説く経には現われず、神話的著色の多い作品において顕著に現われているのを見る。カッサパの問答によって推測し得らるるごとく、この思想は善悪応報を否定せんとする当時の享楽主義的流行思想に対しての戦いのために、原始教団において歓迎されたものであろう。そうして神話的文学的な作品を作り出す傾向と結合しつつ経蔵中に豊富に現われて来たのであろう。しかしこの思想が原始教団において歓迎されたということは、それが無我思想と内的に結合せるものであるとの証拠にはならない。それはあくまでも異なれる立場の思想であり、経蔵は異なれる思想を異なれる思想のままに伝えているに過ぎぬ。
 しかし無我五蘊縁起の立場は、自然科学的認識が霊魂や他界を斥けたごとくにこれらを斥けたのではない。眼前の感覚的対象と、想像の所産たる神話的対象とは、五蘊あるいは六入によって()()限りにおいては、資格を異にするものではない。詩人の幻視において見られ感ぜられた他界の姿は、その鮮やかなる具象性をもって人に印象を与える限り、現実の世界と同じき現実性を持つものと考えられたであろう。たとえば地獄の獄鬼は人間と同じく五蘊所生でありあるいは名色であると見てさしつかえはない。しかしそれゆえにまたそれは()()()()()()()()()()()()()ものに過ぎぬ。業による輪廻転生は、輪廻の主体たる我が現実的であるごとく現実的であり、我が無であるごとく無である。従って無我の立場においては()()()()()。無我の真理が体現されれば輪廻は消失する。無我を説ける経において、「かく色受想行識が無我であると言わるるならば、無我のなせる業はいかなる我に触れらるるか(16)」という問いに答える仕方が、まさにこのことを示している。ブッダはこの疑問を愚痴無明と呼んだ後に、無常、苦、無我の法を説き、「かく観ずるものは解脱して真実智を生ずる、いわく、生はすでに尽きた、梵行は完成せられた、なさるべきことはなされた、もはやこれ以上この存在はないと知る、と」と結ぶのである。無我のなせる業の作者をいかに考うべきかの問題は、正面からは答えられておらぬが、しかし無我を観ずるによって達せられる解脱境は生なく業なくまたこれ以上に他の存在のない境地である。そこでは業とその作者との問題は存在しない。従って「()()のなせる業」という最初の問いそのものが意義を失うのである。かく解すればこの経におけるブッダの答え方は充分注目に値すると思う。

(16) SN. XXII, 82.(14.) Iti kira bho ru(_)pam anatta(_), vedana(_) sañña(_), san()kha(_)ra(_), viñña(_)n.am anatta(_), anattakata(_)ni kamma(_)ni katamatta(_)nam phusissanti(_)ti. 雑阿含巻二(五八)若色無我、受想行識無我、作無我業、誰当受報。MN. 109 にも同様の個所がある。

(同上、pp. 278-280)


 無我の立場においては、あるいは明の立場においては、業による輪廻は成立しない──このことはさらに明らかに縁起を説く経のうちに見いだすことができる。「いかにゴータマよ、彼行ないて彼受くるのであるか。」「彼行ないて彼受くるとは、バラモンよ、こは一の極端である。」「しからばいかにゴータマよ、他のもの行ないて他のもの受くるのであるか。」「他のもの行ないて他のもの受くと言わば、バラモンよ、こは他の極端である。これらの両端を避けつつ、バラモンよ、中によりて如来は法を説く。無明を縁として行あり、行を縁として識あり云々(17)。」漢訳においては明らかに第一の極端を常見とし、他の極端を断見としている。「汝自身悪業をなし、汝自身その果をうく」との思想はここでは霊魂の存在を主張する常見として排斥せらるるのである。しからば前に引いたクマーラ・カッサパの問答は、常見断見の対立を示すものと見ざるを得ないであろう。縁起説は霊魂輪廻の肯定と否定とのいずれをも斥け、それに代わるものとして法の縁起を説くのである。ここにおいて縁起説がいかなる意味で輪廻思想に代わるかが問題の中心とされなくてはならぬ。我々は前に縁起説を輪廻の過程の説明とする解釈が阿毘達磨的であって縁起説本来の意義でないことを論証した。右に引いた経もかかる解釈に色づけられたものでないことは一見して明らかである。縁起説は業による時間的な輪廻とは関せず、また時間的な業と報との関連を問題とするのでもない。霊魂や他世が実在するか否かのごとき形而上学的問題を真の認識に縁なきものとして斥け、真の認識としてはただ法を観ずることをのみ認めて、この法の間の縁起関係を探究したのが縁起説である。だからこの説にとっては、具体的経験的な一つの業(行為)やその業の作者としての我が縁起せる法に基づいて有るごとく、(〔小+刀〕)利天や地獄のごとき他の世界も、それが想像において具体的な姿やあるいは人心に働きかける具体的な力を持つ限り、同じく縁起せる法に基づいて有るのである。しかしかくのごとくに()()のは要するに無明の領域に属せることであって、法を観ずる立場でのことではない。たとえば「彼行ないて彼受く」とは無明の立場でのみは言い得るが、観法の立場にあっては「彼行なう」あるいは「彼受く」という表出は許されず、従って()()()()に関する業の応報も説かるるを得ぬ。すなわち業による輪廻は「法」ではない。如来はこれを斥けて法を説くのである。これが縁起説をもって輪廻説に代えることの意義でなくてはならぬ。

(17) SN. XII, 46. Kim nu kho bho Gotama so karoti patisam()vediyati(_)ti. So karoti so patisamvediyati(_)ti(_) kho bra(_)hmana ayam eko anto. Kim pana bho Gotama añño karoti añño patisamvediyati(_)ti. Añño karori añño patisamvediyati(_)ti kho bra(_)hmana ayam dutiyo anto. Ete te bra(_)hmana ubho ante anupagamma majjhena Tatha(_)gato dhammam deseti. Avijja(_)paccaya(_) san()kha(_)ra(_), san()kha(_)rapaccaya(_) viñña(_)nam. pe. ──漢訳雑阿含、巻十二(三〇〇)云何瞿雲、為自作自覚耶。仏告婆羅門、我説此是無記、自作自覚此是無記。云何瞿雲他作他覚耶。仏告婆羅門、他作他覚、此是無記。婆羅門白仏、……此義云何。仏告婆羅門、自作自覚則堕常見、他作他覚則堕断見、義説法説、離此二辺、処於中道而説法、所謂此有故彼有、此起故彼起、縁無明行、云々。

(同上、pp. 280-281)


 我々はかかる経をなお他にもあげることができる。「予は世尊によってかく法が説かれたと知っている、この同一の識が転生し輪廻する、異とならずに(18)」と主張した(〔口+茶〕)帝比丘は、世尊よりその識とは何かときかれて、「世尊よ、ここでまた彼処(かしこ)で善悪業の果を受くる()()()()をいう(19)」と答えるが、世尊は激しくこれを苛責して、識も要するに縁によって起こるものであると説き、縁起の詳説にはいって行く。そうしてそのあとで問う、「かく知りかく理解しつつなお、比丘たちよ、汝らは()()を回顧するか。われらは過ぎ去れる遠き時に存在したか、あるいは存在しなかったか。われらは過ぎ去れる遠き時に何であったか、いかにあったか、何であり何になったか、などと。」「否、世尊よ。」「あるいは比丘たちよ、かく知りかく理解しつつなお汝らは未来を思うか。われらはいまだ来たらざる遠き時に存在するであろうか、せぬであろうか。われらはいまだ来たらざる遠き時に何であるであろうか、いかにあるであろうか、何であり何になるであろうか、などと。」「否、世尊よ(20)。」これ明らかに輪廻転生の問題の排除ではないであろうか。かかる立場より見れば、過去世において自分が何でありいかにあったかを説く一切の本生譚や、未来世において自分が何でありいかにあるであろうかを考える一切の輪廻説は、存在の真相を解せざる凡夫の立場において起こったものに過ぎぬ。凡夫の立場においてはこれらの想像の世界は現実の世界と同じ力をもって人の心に働きかけるであろう。しかしこの想像の世界は形而上学的実在性を持つものではなくしてただ法に基づいて有るものである。凡夫の立場が止揚せられるときそれらの一切も止揚せられる。かく考えれば輪廻思想と縁起説とを同じ高さの立場において結合することの不合理は明らかであると思う。

(18) MN. 38. Tatha(_)'ham() Bhagavata(_) dhammam() desitam() a(_)ja(_)na(_)mi yatha(_) tad-ev' idam() viñña(_)nam() sandha(_)vati sam()sarati, anaññan - ti. ──中阿含(二〇一)(〔口+茶〕)帝経。我知世尊如是説法、今此識往生不更異。──最後の anañña は、この()()()()というごとく alone の意に読むべきであるかも知れぬ。漢訳の不更異はどちらの意味にも取れる。Neumann は unveränderlich とし Si(_)la(_)ca(_)ra は not another と訳している。

(19) 同上(vol. 1, p.258)Yva(_)yam() bhante vado vedeyyo tatra tatra kalya(_)n apa(_)paka(_)nam() kamma(_)nam() vipa(_)kam() patisam()vedetîti. 彼作善悪業受報也。

(20) 同上(vol. 1, p. 264 f.)Api nu tumhe bhikkhave evam() ja(_)nanta(_) evam() passanta(_) pubbantam() va patidha(_)veyya(_)tha: ahesumha nu kho mayam() ati(_)tam - addha(_)nam(), na…kim()…katham()…kim() hutva(_) kim() ahesumha…ti. ──No h' etam() bhante. ──Api nu tumhe…aparantam() va(_) a(_)dha(_)veyya(_)tha: Bhavissa(_)ma nu kho mayam() ana(_)gatam- addha(_)nam(), na…kim()…katham()…kim() hutva(_) kim() bhavissa(_)ma…ti. ──No h' etam() bhante. ──若汝等如是知如是見、汝等頗於過去作是念、我過去時有、我過去時無、云何過去時有、何由過去時有耶。比丘答曰不也。──……此衆生従何処来、趣至何処、何因已有何因当有耶。答曰不也。

(同上、pp. 281-283)


 以上のごとく無我縁起の思想と輪廻思想とを明らかに立場の異なれるものとして解するならば、「業」の意義もまたおのずから明白となるであろう。前に言及したように、ワレザーは無我思想が道徳を根拠づけ得ないことを説き、()()()()()によって初めて無我無常思想と道徳的世界秩序とが結合し得ると解するのであるが、しかし無我縁起の立場における「道諦」は業説と全然独立に道徳を建立せるものであり、業による輪廻の思想はただ功利主義的道徳を建立するに過ぎぬとすれば、業説の導入が右のごとき役目をつとめたという解釈は当たらぬと思う。「業」(Karma, Kamma)はその本来の意義においては単純に「しわざ」「行為」を意味する。この「しわざ」を因果関係と結合し、一つのしわざが必ずある果報を伴なうと考えたのが業による輪廻の思想である。しかし殺人邪淫等の行為が()()()()死後地獄に生ずるという必然の結果を伴なうか。そはここには説明せられておらぬと思う。一つの殺人の行為がその結果として種々の苦悩を生み出すということは経験から帰納せられ得るであろう。しかし被害者の親族友人が苦悩に沈むにかかわらず、加害者自身はこの殺人の行為によって幸福を享受するという事実も経験的には存在する。しからば事実的には殺人─苦悩の因果関係とともに、殺人─幸福という因果関係も存するのである。そうして前者は()()()()が苦を受くる因果関係であり、後者は()()()()が幸福を受くる因果関係である。かかる経験的な因果関係が業報の思想の基礎となれるものでないことは明らかであろう。しからば業報の思想は、事実上存する不公正な因果関係に対して、公正なる道徳的報復を要請するところより起こったものでなくてはならぬ。殺人者は現世においていかに幸福であろうとも、結局においては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、すなわち死後地獄に堕するはずである。この「堕するはずである」を「必然に堕する」と言いかえたのが業報の思想にほかならなぬ。従ってそれは本来の意義における「因果関係」ではない。すでに行為の善悪が承認され、それに基づいて起こった要請に因果関係の衣をきせたまでである。しかもかく因果関係の衣をきせることによって、中核に存する道徳が功利主義的に著色されたということは覆い難い。正しき業は生天という個人的幸福を結果する。()()()()()()()()()()()人は正しき業につかねばならぬ。かくいうとき正しき業が何ゆえに正しきかは問題とされず、個人的幸福をもたらすか否かが中心の問題となる。これを八聖道における正業と対比すれば、その間に顕著な相違のあることは看過するを得ないであろう。八聖道においては、人間の歩むべき道として正見を業に実現するのである。それが正しいのは正見の実現であるがゆえであり、正見の実現は個人的幸福のいかんに関せず我々の努むべきことである。かく業は果報とは独立にそれ自身の意義を持ち、単純に「行為」として輪廻思想に関することなく解し得らるるのである。
 業が本来は単純に行為を意味し、それが輪廻思想と結合すれば死後の生天あるいは堕地獄を引き起こす行為の意義となり、無我縁起の思想においては無明によって起こる煩悩の行為あるいは明を実現する正しき行為の意義となるとすれば、これが縁起法中の「行」と直ちに同視さるべきものでないことは明らかであろう。たとえば殺人という()()は、現実の一つの出来事として、無明行識等の縁起法によって成立するものであってそれ自身法ではない。この関係を考慮すれば業は法の体系の中に入りきたるべきものではないのである。後に阿毘達磨的解釈が縁起説を輪廻思想と結合し、縁起系列を輪廻転生の歴程における時間的因果関係として転釈するに至って、行と同視された業が初めて単純な「行為」の意義以上に形而上学的な意義を担わされることになる。しかもこの際においてすら、識身足論や論事にいうところの補特伽羅論者のごとく、輪廻の主体として非即非離蘊我を認める立場にあっては、業は単純にかかる補特伽羅(人)によってなさるる行為であって我の代用となるものでもなければまたワレザーのいうごとき神秘的なものでもない。これに対して無我の伝統を保ち一切の我を排する有部が、輪廻の主体を否定しつつしかも輪廻思想を立てんがために、輪廻相続の過程の中にある種の同一を保持せしむるものとして業を意義づけたところに、業の形而上学的な解釈は始まったのである。阿毘達磨論書は多くの点において注目すべき思想の展開を示せるものであるが、しかし無我と輪廻との結合のごときは教団における批評的精神の欠乏を示すのみであって、その功績のうちに数えることができぬ。

 我々は以上のごとき解釈を経蔵以外の証拠によっても確かめることができる。それはアショーカ王の残した碑文である。これらの碑文は、()()()阿含経典の多くのものよりも恐らく古いと認めらるべきものであるが、その中で王は告白していう(1)──彼は灌頂八年にしてカリンガを征服した、十五万人は運び去られ、十万人は殺され、その数倍の人が死んだ。この征服後彼において熱心なる「法の護持」(dhramapalana, dham()mava(_)ye) 「法の愛」(dhramakamata, dham()maka(_)mata(_)) 「法の教え」(dhramanus()asti, dham()ma(_)nusathi)が起こった。これは征服のゆえに起これる()()()()である。なぜなら国の征服の際には殺戮や死や捕獲がある、それが彼には痛ましく悔ゆべく思われる、が、それよりも一層悔ゆべく思わるるのは次の事である。というのは、バラモンや沙門や他の宗派の人々やまた家長など、長上父母には従順であり朋友知己親族奴隷には正しいふるまいをする人々がそこに住んでおり、それらが自身戦禍によって死に、あるいは連れ行かるるのみならず、たとい自身は助かってもその愛する友人や家族を失って悲しんでいる。かかる正しい人の苦しみが彼には一層悔ゆべきことに思われる。たとい被害者が百分の一、千分の一であっても彼には深い悔恨事である。今や彼はたとい人彼に害をなすとも忍び得る限りは忍ぶであろう。森に住む族にさえも今や彼は同情する。そうしていう、「悪業を避けよ、しからば殺されぬであろう」と。「なぜなら、天愛は()()()()()()の安穏と自制と平静と喜びとを願う(2)」。──しかし「法の勝利」(dhramavijayo, dham()mavijaye)は最上の征服である。彼はギリシア、エジプトに至るあらゆる国々を法に従わしめた。あらゆるところに行なわるる勝利は喜びをもたらす。「しかしこの喜びは小さいものである。天愛は()()()()()()()()をのみ大果なりと思う(3)。」──この法話のしるさるる目的は予の子孫が法の勝利をのみ真の勝利と考えるようにとのためである。「そはこの世および彼岸の世界にかかわる。彼らの喜びはことごとく法への喜びであれ。なぜなら、法喜はこの世および彼岸の世界にかかわる(4)。」

(1) Epigraphia Indica, II, p. 462(Bhler, Asoka's Rock Edicts XIII.)p. 470.──V. Smith, The Edicts of Asoka, p. 18. ──なおアショーカ王の碑文については、森林太郎、大村西崖同著『阿育王事蹟』中に原文及び和訳が掲げられているが、これははなはだしく不精確なものである。

(2) Ichati hi devanam()priyo savrabhutana a(_)ch'ati sam()yamam() samacariyam() rabhasiye.(Shâhb.)──savvabhu(_)ta(_)nam() achatim() cha sayamam() cha samacairam() ca ma(_)ddavam ca. (Girnâr.)

(3) Lahuka tu kho sa priti. Paratrikam eva mahaphala meñati devanam()priyo(Sha(_)hb.)──Lahuka(_) cu kho sâ piti. Pa(_)lam()tikyam eve mahaphala(_) mam()nam()ti devanam()pine.(read mam()nati deva(_)nam() piye.) (Kâlsî.)

(4) …Yo dhramavijayo. So hidalokiko paralokiko. Sava ca nirati bhotu ya dhammarati. Sa hi hidalokika paralokika(Shâh.) この個所は、「この世及び次の世を利する」あるいは「この世及び次の世に幸福をもたらす」と読むのが通例である。しかし hidalokiko は「この世に属する(もの)」「この世に関する(もの)」の意であり、paralokiko は「彼岸の世界に属する(もの)、あるいは関する(もの)」の意であって、この世及び彼岸の世界の意義に従ってそれぞれ特殊の意義を生ずべきものである。「法喜は彼岸の世界に関せるもの」において、もし彼岸の世界が理想の世界を意味するならば、法喜は理想の世界の欣求なりの意となり、もし死後の世界を意味するならば、法喜が死後の世界を幸福にするの意となるであろう。自分は後に論ずるごとく前者をとるのである。

(同上、pp. 283-287)


 以上の告白はアショーカ王の全碑文を要約したものと言ってもよい。ここに王は、この世に多くの苦をもたらしたことに対する「悔恨」がすなわち法の護持法の愛法の教えとなったことを明言する。(dhramapalanam() pe…So asti anusocanam().) 彼のいうところの「法」とは、苦を増長する自然的な立場を自ら否定して、一切の苦の滅に向かわしむるものの事である。そは碑文全体を通じて五蘊六入縁起等の意味における「法」としては用いられていないとともに、また漠然とブッダの教法をさしているのでもない。明らかにそれは人間の()むべき道としての法である。「法は善い。しかし()()()()()? 罪より離るること、多くの善き行為、慈悲、慈恵、誠実、清浄(5)。」かかる道諦としての法、苦の滅への道である法が、碑文全体を通じて熱心に宣揚せられるのである。殺生の禁(6)、生命の尊重(7)、一切の生物に対する熱心な愛護──たとえば人薬獣薬の頒布、薬草の栽培、人や獣のための街路樹及び泉(8)、これらはすべて「予が(おいめ)を生物に果たし得んために」、すなわちかつて増長せし苦を滅し得んために、王のなした努力の報告である。ここには明らかに己れ一個の苦を滅せんとする努力ではなく、総じて苦を滅せんとの努力がある。「法の勝利」とはかかる苦の滅への道が実現せられることである。そうしてこの道の実現は、とりもなおさず彼岸の世界の──すなわち自然的なるこの世界を超えて他に存すべき世界の──実現にほかならぬ。我々は「彼岸に関せるもの」と言い、また「この世および彼岸の世界にかかわる」というごとき言葉を、右のごとく解してならないわけはないと思う。むしろ碑文全体の意義より見て、かく解すべきなのではなかろうか。

(5) Pillar Edict, II.(同上、P.250)dham()mesa(_)dhu. Kiyam()-cu-dham()me-ti ? Appa(_)sinave bahu-kayya(_)ne daya(_) da(_)ne sacce socaye.

(6) Rock Edict, I, IV. Pillar Edict, V.

(7) Rock Edict, III, VI, IX, XI.

(8) Rock Edict. II. pillar Edict VII.

(同上、pp. 287-288)


 アショーカ王の碑文に業による輪廻の思想が存するとは普通に言わるるところである(9)。しかし碑文自身は苦の滅を善業の()()としてではなく、善業それ自身の意義として説くのであって、ここに直ちに輪廻思想を見いだすことはできない。従って論者は誥文中に現わるる天(svarga)彼岸の世界(paraloka)のごとき語を捕えてその証拠とする(10)。しかしこれらの語といえども、精密に前後の関連において読むときには、輪廻転生の思想を示せるものとのみは断ずることができない。王は政治という任務のために献身的に努力すべきことを誓った章においていう、「何となれば全世界の幸福(sarva-loka-hitam())は()()()()()()()(katava=kattabba)と予に思われる。……全世界の幸福(を作す)よりも一層重大な(カンマ)はない。そうして予の追求するそのものは何であるか。予が生物に債を果たし得んこと、予が()()た(idha,  この世の意ともなる)において何人かを幸福に作し得んこと、()()()()()()(paratra, あの世の意ともなる)()()()()()(svagam())()()()()()である(11)。」この()()()()()()とをかりに現世と死後の世界との意に解するならば、ここで王がその努力の目標として「()()()かなたにおいて天を得んこと」と言うのを何と説明し得るであろうか。王は彼自身が天に生ずることを彼の努力の目的とはしておらない。しかも彼は「彼岸に関せるものをのみ大果と思う」のである。しからば王は死後の生活における幸福を最大の幸福と信じつつしかもそれを人々のためにのみ望んで自らのためには願わなかったのであるか。否、我々はかかる差別の痕跡を碑文のいずこにも認めることができない。ここにおいて我々は右の文を単純に解する必要に迫られる。全世界の幸福を作すのが最大の業であるならば、「()()()において予がある人々を幸福にする」とはがこの最大の業に関与することにほかならず、()()()において()()()天を得るとはこの最大の業がなされ全世界の幸福が実現せられることにほかならぬであろう。()()()とは現実の世界、現象の世界であり、()()()とは理想の世界、涅槃の世界の意であって、時間的には生前死後の区別を示すのではなかろう。空間的の位置を意味する()()()()()()の語が択ばれ、神話的に理想の世界を示唆するの語が用いられたのは、かかる意義を表出しようとする無意識的な傾向と解してよい。しからば「彼岸(かなた)()()()()()()をのみ大果と思う」とは理想の世界のほかに意義深きものを認めぬというにほかならぬ。王はこの理想の世界の実現せられることを、すなわちおのれ一個人が幸福なる生に至るのではなく万人が最上の幸福に達する境地を、望んだのである。そうしておのれ一個人に関しては、かつてなせし悪業への()()を慈悲の行為に現わし、()()()()()()()()()ある人々を幸福に」作し得んことを、彼の努力の目的とした。明らかに彼はおのれ一個人の果報を目ざしてはおらぬ。彼の努力の意義は「全世界の幸福」を実現するという仕事の()()()()()()()()()()、すなわち「ある人々を幸福にする」ということ()()()()であって、彼自身の幸福を果報として得ることではない。かく解して初めて前引の文章における一人称単数と三人称複数すなわち「」と「人々」との使い分けの意義が理解し得られると思う。しからばここに用いられた()()()()()()()などの語を現世、後世、生天などの意に解するのは、輪廻思想をここに注入して解釈するのであってアショーカの碑文の本来の意義ではない。

(9) たとえば V. A. Smith, Early History of India, p. 175.

(10) たとえば Havell, The History of Aryan Rule in India, p. 99. ──これらの語は輪廻思想を説く阿含経典中に使用さるるものである。そこでは paraloka は死後の世界であり(たとえば DN. vol. III, p. 105 ; 264 ff.) 生天法 saggakatha(_) は死後天に転生する法である(たとえば MN. vol. II, p.145.)。しかしこれらの語は無我五蘊六入縁起等の思想と関連して用いられてはおらぬ。

(11) Ep. Ind. II, p. 455.(Rock Edict, VI.) Katavamatam hi me savalokahitam. …Nasti hi kramataram savalokahitena. Yam() ca kici parakramami ; kiti ? Bhutanam ananiyam() vraceyam() ia ca〔sa〕 sukhayami paratra ca spagram aradhetu. (Shâhb.) Kattavyamate hi me sarvalokahitam(). …Na(_)sti hi kam()mataram() sarvalokahitatpa(_). Ye ca kim()ci para(_)krama(_)mi aham(), kimti ? Bhu(_)ta(_)nam() a(_)namnam() gaccheyam() idha ca na(_)ni sukha(_)paya(_)mi paratra(_) ca svaggam() a(_)ra(_)dhayamtu.(Girnâr.) 宇井氏『印度哲学研究』第四、二七五ページ参照)

(同上、pp. 288-290)


 我々はこの種の例証をなお多くあげることができる。「……しかし天愛善見王の努力せることはことごとくに彼岸(かなた)()()()()()()のためである。何であるか。()()()()()()が繋縛を脱るること。繋縛とは不善業である(12)。」この個所においては「彼岸に関せるもののため」という語と「あらゆる人間生物が不善業より脱るるように」という句とが同義に用いられる。そうしてそれが王の努力の一切なのである。もし「彼岸に関せるもののため」という語を輪廻思想的に「後生のため」と解するならば、王の努力がことごとく王自身の後生のためであって、しかもそれが万人の不善業よりの離脱とならねばならぬ。王が死後生天することに()()()どうして万人が罪業の繋縛を免れ得るであろうか。それに反して、もし「理想の世界のために」と解するならば、王の努力がことごとく万人の不善業よりの離脱を目ざしていることはきわめて明瞭に理解し得られる。

(12) Rock Edict, X. Yam tu kici parakramati devanam()priyo Priyadras()i raya tam() savram() paratrikaye va ; kiti ? sakale aparisrave siyati. Ese tu parisrave yam apuñam. (Shâhb.) Ya tu kicci parikkamate d. P. ra(_)ja(_) ta savvam() pa(_)ratrika(_)ya ; kim()ti ? sakale appaparisrave assa. Esa tu parissave ya apumñam. (Girnâr.) ──Bhler が with reference to the result for a future life というごとく「」の語を補って訳し、Smith が()()()()()()()()を補って訳せることが果たして当たっているかどうかは疑問である。「繋縛」の訳語は Mookerji, Asoka に従う。(宇井氏前引書、二八一ページ参照)

(同上、pp. 290-291)


 法の祭儀(mam()gala)を説く章(13)も同様の例として引いてよい。まず初めに疾病、婚姻、誕生、行旅の発程等において一般に行なわるる祭儀の道徳上の無意義を指摘し、真の祭儀は()()()()である、すなわち慈悲の実行であると説く。「……何となれば世間的な祭儀は疑わしい。()()()()(tam() atha)を得るかも知れぬが、しかしこの世かぎりのことである。しかし法の祭儀は時に関せるものでない(akalika)。()()()において()()()()を得ずとも、なお()()()において無限の善(puña)を生む。しかしそのものを得れば両者が得られる、()()()においては()()()()、かなたにおいては無限の善を生む──かの法の祭儀によって(14)。」ここに我々は人生の幸福のために行なわれる種々の祭儀と道徳的なる法の祭儀とが対立せしめられたのを見る。疾病の際の祭儀において目ざされる()()()()は疾病の平癒であるが、それは得られたにしても必ずしも現実の世界の苦を止揚し得るものでない。それに反して慈悲の実行は現実の世界を変容する。疾病の平癒というごときことが得られずとも理想の世界を来たらしむることができる。法の祭儀がすぐれているのはそれのもたらす果報のゆえではなくして、()()()()()()()()()、それ自身に道徳的な意義を有するがゆえである。もししからずしてここに説かれるのが死後の生における果報であるとするならば、右の比較は果報の大小の比較にほかならず、従って法の祭儀を慈悲の実行として主張するこの章の中心的情熱は見失われなくてはならぬ。

(13) Rock Edict, IX

(14) Ye hi etake magale sas()ayike tam. Siya vo tam atham nivatteya ti, siya puna ialokaca vo tam. Ida puna dhrammamagalam akalikam(). Yadi punatam atham na nivate ia, atha paratra anamtam puñan prasavati. Hamce puna tam atham nivateti tato ubhayesa ladham bhoti ia ca so atho paratra ca anamtam puñam prasavati tena dhramamgalena. (Shâhb.)

(同上、pp. 291-292)


 かくのごとくアショーカの碑文は業による輪廻の思想と引き離して解し得らるるものである。そこでは全世界の幸福()()()()が最も重大な「業」であり、また全世界の幸福が「なさるべきもの」と呼ばれる。しからば「なさるべきもの」をなすことが、すなわち理想を実現する努力が、最も重要な業である〔引用者註1〕。かかる業は道諦において正業と呼ばるるものと相違するところがない。それは単純に「善行為」を意味するものであって、輪廻の過程のうちに「我」に代わり人格的同一を保つ神秘的なある者とは考えられぬ。アショーカ王は仏滅後ほぼ百年にして王となり、熱心に仏教に帰依した人であるが、この人において右のごとく輪廻業報の思想が顕著でないとすれば、輪廻業報の思想が仏教の根本的立場として存するのでない〔引用者註2〕こと、従って仏教の道徳が本来は個人的功利主義的道徳でないことの有力な証拠が提供されると思う。

(同上、p. 292)


〔01.05.15 引用者註〕

(1) 同様のことがアングッタラ・ニカーヤに説かれている。2000年7月19日付『聖教新聞』の「智慧の泉─仏典散策─」を参照されたい。

(2) 東洋哲学研究所の友岡雅弥氏も別の観点から初期仏典を検討された結果、やはり同様の結論に達しておられる。

ブッダの意図は明確です。彼は“過去世の宿業(しゅくごう)呪縛(じゅばく)された生まれ”を拒絶(きょぜつ)します。我々の人生が過去世の宿業(しゅくごう)(しば)られているのではなく、そのような考えこそ、現在の差別意識によって呪縛されているのです。そして、ブッダはそのような呪縛された固定的業報因果論を批判し、現実の人間としての偉大な行い、素晴らしき行為そのものが現在の偉大さを示していると考えるのです。因果の連鎖から過去への差別のまなざしを除き、現在から未来への希望の因果のみを説くのが、ブッダのアプローチでした。また、さらに善業を行うことは何かの因となるのではなく、善業そのものが人生の目的そのもの、善果でもあると考えることによって、ブッダは善悪不可知論のニヒリズムを超えることが出来たのです。
友岡雅弥『ブッダは歩む ブッダは語る』、第三文明社、2001年、p. 213、強調=Libra)



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