戸田城聖の悟達と『無量義経』の「三十四の否定」
(池田大作)


 三月の初め、まだ寒さも消えやらぬ日、彼はまた、あらためて四回目の法華経を読みはじめていた。法華経の開経である、無量義経からである。

(池田大作『人間革命』第四巻、聖教新聞社、1968年、p. 7)


其身非有亦非無
非因非縁非自他
非方非円非短長
非出非没非生滅
非造非起非為作
非坐非臥非行住
非動非転非閑静
非進非退非安危
非是非非非得失
非彼非此非去来
非青非黄非赤白
非紅非紫種種色
 彼は、この偈の部分が、十二行からなることを知り、「……に非ず」という否定が、三十四もあることを確かめた。

(同上、pp. 8-9)


 ──戸田城聖は、この十二行の偈を心から納得したいと願った。さもなければ、もう一歩も先へ進まぬと決めた。彼は、法華経に対して背水の陣を張ったのである。その決意は、いわゆる観念の決意ではない、生命の対決であった。

(同上、p. 11)


 戸田城聖が不可解とした十二行は、冒頭の「其の身」が、いったい何を指しているのかにかかっていた。
 彼は、この十二行の意味するものの、確実な実体が存在することを直観していた。
 彼は唱題を重ねていった。そして、ただひたすらに、その実体に迫っていった。三十四の「非」を一つ一つ思い浮かべながら、その三十四の否定のうえに、なおかつ厳として存在する、その実体はいったい何か、と深い、深い思索に入っていた。時間の経過も意識にない。いま、どこにいるかも忘れてしまった。
 彼は突然、あっと息をのんだ。──「生命」という言葉が、脳裡にひらめいたのである。
 彼はその一瞬、不可解な十二行を読みきった。

「生命」は有に非ず亦無に非ず
因に非ず縁に非ず自他に非ず
方に非ず円に非ず短長に非ず
…………………………………
紅に非ず紫種種の色に非ず
 ──ここの「其の身」とは、まさしく「生命」のことではないか。知ってみれば、なんの不可解なことがあるものか。仏とは生命のことなのだ!
 彼は立ち上がった。独房の寒さも忘れ去っていた。時間もわからなかった。ただ、太い息を吐き、頬を紅潮させ、眼は輝き、底知れぬ喜悦にむせびながら、動き出したのであった。
 狭い部屋の中である。その中を、のっし、のっしと、痩せた体で、肩をいからし、両手をかたく握りながら歩き回った。
 ──仏とは、生命なんだ! 生命の表現なんだ。外にあるものではなく、自分自身の命にあるものだ。いや、外にもある。それは宇宙生命の一実体なんだ!

(同上、pp. 13-14)


 法華経には「生命」という直截な、なまの言葉はない。それを戸田は、不可解な十二行に秘沈されてきたものが、実は、真の生命それ自身であることをつきとめたのである。
 仏というものの本体が解った。三世にわたる生命の不可思議な本体が、その向こうに遠く、はっきりと輪郭を現わしてきた思いがしたのである。

(同上、p. 15)


〔01.10.06 引用者付記〕

 かつて私は、戸田城聖氏の“悟達”について以下のように論じた。

1.小説『人間革命』第四巻によれば、戸田先生の“悟達”(=宇宙生命論)は、『法華経』によるものではなく、『無量義経』の「十二行の三十四の否定」によるものである。

2.『無量義経』は中国で作られた偽経である。
  『無量義経』は中国で作られた偽経(菅野博史)
  http://fallibilism.web.fc2.com/050.html

3.『無量義経』の「十二行の三十四の否定」は内容的には「外道の我論」そのものである。
  ヤージュニャヴァルキャの「我説」(袴谷憲昭)
  http://fallibilism.web.fc2.com/049.html

4.よって、戸田先生の“悟達”は仏教の“悟達”などではなく、外道の“悟達”である。

宇宙生命論が外道であることの論証(追加)、Libra - 2001/04/06(Fri) 22:11 No.2327


〔01.10.22 引用者付記〕

 前回の付記(〔01.10.06 引用者付記〕)に対して、以下のようなご質問をタツノコ氏から頂戴した。

 資料の54番目の引用付記についてですが、まずLibraさんは戸田氏の外道の悟りと論じておられますが、 しかしながら、戸田氏の文が資料の中にありません。
 池田氏の人間革命を論証として提示なさるのは分りますが、池田氏の主観・都合に基づく歴史認識である事も否定出来ないと思うので、 即座に戸田氏の悟りを論じるのは如何かと思います。(勿論、戸田氏に生命論があるのは認めます。)
 また、何故池田氏の人間革命で戸田氏の生命論の批判に納得出来ない読者がいるかもしれないので、出来れば戸田氏の本も資料として提示 して頂きたいと思います。

タツノコさんからのご質問より、[メール送信日時: 01.10.19(金) 04:34])

 このご質問に対する私の回答については、以下を参照されたい。

タツノコさんとの対話2─戸田先生の宇宙生命論について─
http://fallibilism.web.fc2.com/z016.html

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