『スッタニパータ』の立場は「ジャイナ教的相対主義」(松本史朗) |
ツォンカパの中観思想は、一切の判断(分別)や主張や言語表現をもっぱら否定すべきものと見る一般的な仏教理解、今日の我が国の仏教学界をも覆いつくしている実在論的仏教理解に対する根本的な批判を含んでいる。彼は、“仏教には主張がある”と明言した。これは、原始仏教の最古層ともいわれる『スッタニパータ』Suttanipata 「アッタカヴァッガ」(At・t・hakavagga)に示される、
〔26〕誰であれ、見解(dit・t・hi)を取りあげて論争し、「これだけが真実である」(idam eva saccam)と論じるもの、彼等に汝は語れ。「論争が生じても、ここに汝と対論するものはいない」と(30)。(八三二)という所説以来、仏教内部に巣くい、“仏教”そのもののように誤解されてきたジャイナ教的相対主義(31)(これはまた我論 atmavada)にもとづいている)の流れを、根底から否定したものである。
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(30) Sutta-nipata,PTS,New edition,1913,p. 162.
(31) これについては、『縁起と空』二八○頁、及び拙稿「仏教の批判的考察」『世界像の形成』(アジアから考える〔7〕)、東京大学出版会、一九九四年、一四一 - 一五三頁参照。